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海の忍者”潜水艦に起きた事故 英雄たちが置かれた過酷な環境

イスラム教の「断食月」が続き、多くの国民が敬虔な祈りの中にあるとき、インドネシア国民に大きな衝撃を与え、深い悲しみに包む不幸な事故が起きた。

海軍の潜水艦「KRIナンガラ402」が4月21日未明、バリ島北海域で訓練のため潜航を開始した直後に行方不明となり、その後沈没と乗組員53人の死亡が認定された。

水深約850メートルの海底で発見された当該潜水艦は3つに分裂した状態とされ、潜航可能深度約500メートルを超える深度だけに圧力で船体が破壊されたものと推定されている。事故艦は1978年にドイツで製造され、1981年にインドネシア海軍に編入。2年間韓国で改修を受けて2012年に再編入と改修を受けたとはいえ古い艦である。

一端潜航すればその行動を把握することは極めて困難なことから「海の忍者」と言われる潜水艦だが、潜航中は「ソナーマン」の耳が頼りという特殊性があり、海の世界で潜水艦乗りは「尊敬と憧憬」の対象とされている。
 しかしインドネシアでは「一度潜航したら2度と浮上できない」などと海軍幹部ですら揶揄するほど海軍の中でも「重視されない過酷な環境」だったという。

潜水艦の事故は海中、海底で発生することから、「万が一への備え」が必要不可欠で、潜水艦乗りが「忍者」に徹するためにはそれが担保となるべきである。

米海軍が世界で唯一評価するとされる日本・海上自衛隊の潜水艦部隊だが、海自は潜水艦救難艦「ちよだ」「ちはや」を保有している。同艦には深海での救難活動を可能にする「深海救難艇(DSRV)」が搭載され、圧力調整を受けて深海に挑む海自屈指のダイバーを配属するなど「万が一」へ備えている。

事故発生直後からSNSやニュースには「KRIナンガラ402」の乗員が艦内で歌う様子や家族と過ごした動画、さらに「402」という艦番も鮮やかに浮上航行する様子などが溢れ、乗員は「英雄」として称えられた。

ジョコ・ウィドド大統領も追悼の意を表し、インドネシア中が「追悼」と同時に53人を「英雄視」する空気が占めた。国防の第一線で落命した53人は確かに英雄かもしれないが、事故原因とされる停電に関して「非常用予備電源」がどうして作動しなかったのかなどの究明とともに装備の近代化、万が一への備えなど急務の課題は多い。乗員の家族にとって英雄は不要である。

執筆:大塚 智彦
1957年生、毎日新聞ジャカルタ支局長、産経新聞シンガポール支局長などを経て2016年からフリーに。
月刊誌やネット版ニューズウィーク、JBPress、現代ビジネス、東洋経済オンライン、Japan in depth などにインドネシアや東南アジア情勢を執筆。ジャカルタ在住。