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キアイの死は民族の死より重い 命の値段に差、副大統領に批判集中

コロナ感染者、感染死者が相変わらず拡大傾向にあるインドネシアで見過ごすことのできない「暴言」が飛び出した。それもマアルフ・アミン副大統領という政権中枢の人物からだ。マアルフ副大統領は言わずと知れたイスラム教団体の幹部で、自らもイスラム教長老「キアイ」という立場である。

そのキアイが8月2日に開かれたウェビナーで「コロナで感染死したキアイは既に605人に上る」とした上で「キアイ1人の死はひとつの民族の死より重いのだ」と述べたのだった。まるで民族全体より1人のキアイの命の方が尊いという「イスラム重視」というか「イスラム偏重」の考えを示したのだった。

思うのは勝手、主張するのも自由だが、自らの立場と役割、時期を熟慮して発言するのが宗教指導者である、というのが常識であり、発言直後からインドネシアでは宗教や立場に関わらずそれこそ「非難囂囂」が副大統領に集中した。
 折からのコロナ禍であり、十分な治療を受けられずに命を落とす国民が連日報告される中「あまりにも無神経」「自分のことしか考えていない」と反発を招いたのだ。

インドネシアは「イスラム教を国教とするイスラム教国」を選択せず、キリスト教、ヒンズー教、仏教、儒教をも憲法で認め「多様性の中の統一」を国是として掲げる国家である。しかし国民の約88%を占めるイスラム教徒の規範や習俗、主張が「圧倒的多数」という無言の圧力を背景に政治経済社会文化のあらゆる分野で「有無を言わさず優先」される傾向が独立以来続いている。

インドネシアではかつて大統領になる条件は「軍関係者、ジャワ島出身、イスラム教徒」といわれていた。しかし軍と無関係のハビビ、ワヒド、メガワティそしてジョコウィの各大統領が誕生、スラウェシ島出身のハビビ、女性のメガワティという大統領も誕生した。しかしいまだに全員がイスラム教徒であり、非イスラム教の大統領誕生への道のりは険しい。

かつてメガワティさんが大統領に選出された際「女性が大統領なんて許されない、とイスラム教保守派から不満がでた」と本人がこぼしていた。そのようなイスラム教の体質が今回の副大統領による「暴言」に投影されているといえるだろう。

「国難」ともいえるコロナ禍に一致団結して対応する時に「世迷言」は不要だ。

執筆:大塚 智彦
1957年生、毎日新聞ジャカルタ支局長、産経新聞シンガポール支局長などを経て2016年からフリーに。
月刊誌やネット版ニューズウィーク、JBPress、現代ビジネス、東洋経済オンライン、Japan in depth などにインドネシアや東南アジア情勢を執筆。ジャカルタ在住。
※本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、PT KiuPlat Media社の公式見解を反映しているものではありません。