鍵は『日本=Jリーグ』のイメージづくり、野々村チェアマンが語るJリーグアジア戦略の未来像(後編)
「作品」としてのサッカーを発信し、「国内の下地づくり」につなげる
このアジア戦略は、競技レベルや市場価値向上だけでなく、日本の企業や政府といったステークホルダーに対するメリット提供も重要な目的に掲げている。だが、先の赤城乳業の事例など幾つかの成功はあるものの、必ずしも十分な成果を挙げられているわけではない。その要因は「国内においてサッカーやJリーグの価値を伝播し切れていない」からであり、これこそが野々村チェアマンがアジア戦略は簡単でないと考えるもうひとつの理由でもある。
「僕たちは、サッカーには国籍や地域を越えて色々な人をつなげる強い力があるとわかっています。サッカーを通じてリーチできる先はものすごく広くて、ものによってはかなり遠くまで届けられるんです。赤城乳業さんの事例は、彼らにその価値を感じていただけたからこそ実現したわけです。ただ、他の多くの日本企業や政府の方々にも同じ感覚を抱いてもらえているわけではないですし、Jリーグや各クラブが自身の価値を伝えられているかと言うと決して十分ではありません」
リーグやクラブが競技やJリーグの価値を社会に伝え切れていないのは、スポーツの価値の定量化の難しさが影響している。そこで必要となるのは、「実績を積み重ねて周囲の理解を得ていき、海外へのアプローチと同時並行で国内における下地づくりをしていくこと」だと野々村チェアマンは言う。それに加えて、「作品」としてのサッカーを理解してもらうことが肝心だとも語る。
「Jリーグの価値は競技面だけではありません。他国とは比較にならないほど安心安全なスタジアムや、熱量のあるサポーターがいる点も大きなポイントです。サッカーは色々な人をつなげる力があると言いましたが、それはサポーターを始めとした周囲の人々が熱量を持っているからこそ実現するものです。こうしたものを含めて、僕はサッカーを『作品』と捉えています。アジア戦略が進むことで日本人だけでなく多くの国の人がJリーグを見てくれるようになると作品の価値はさらに上がっていきます。この部分をいかに発信し、理解してもらえるかが大切になりますし、そのためには、例えば経営層の方々と一緒に海外のスタジアムを訪れて日本とは一味違った熱狂度合いを体感してもらうのもいいかもしれません。そういった取り組みを重ねて事実やデータを収集していった上で、一緒に夢を見られるような仲間を作っていきたいです」
『日本=Jリーグ』の構築と醸成が次なる一歩へ
ここまで触れてきたように、今後のアジア戦略は、ASEAN国籍選手のギャップ解消と、国内での下地づくりの実現が重要なテーマだ。そして、この2つを進めた結果としての「Jリーグ=日本」のイメージ構築が次なる一歩に繋がると話す。
「クラブの側でアジア戦略に取り組んでいた頃は、コンサドーレというクラブを世界に売り出していくと言うよりも、北海道という地域を背負い、『北海道=コンサドーレ』の自負を持ってビジネスをする意識を持っていました。しかし、広く『日本=Jリーグ』の図式を構築できているかと言うと、今はまだそうではありません。アジアにJリーグの価値を届けるには、まずは国内で『日本=Jリーグ』のイメージを醸成し、それと同時に、ASEAN国籍の選手の獲得・育成の実現が重要になります。これらの推進がJリーグを世界に売ることに繋がっていくのだと思います」
2026年のFIFAワールドカップでは、出場国数がこれまでの32カ国から48カ国に増加する関係で、ASEAN諸国初のワールドカップ出場が期待されている。また2034年のFIFAワールドカップはASEANが共催して招致する動きも出てきている。これからの5年、10年で、世界のサッカー市場におけるアジアの重要度が一層増していくことは明白だ。その中で、Jリーグが如何にして存在感を高めていけるのか。越えるべき壁は決して低くはないが、新世代のアジアサッカーと日本サッカーを形作っていくために、野々村チェアマンを旗手としてJリーグはブレイクスルーに挑戦していく。
(聞き手:上野直彦/文:久我智也)