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【Jリーグアジア戦略特集】日本人指導者が研鑽を積み、アジアサッカーを底上げする(後編)

日本人指導者のニーズの高まり

昨季、タイリーグで実績を残した日本人指導者は強豪ブリーラム・ユナイテッドに三冠をもたらした石井正忠監督だけではない。

ベガルタ仙台やU―23日本代表などで監督を務めた手倉森誠氏が2022年2月からBGパトゥム・ユナイテッドFCを率い、リーグ2位に食い込み、アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)では決勝トーナメントに進んだ。

必ずしもすべてが成果を挙げたわけではないが、これまでも元ジェフ市原・千葉監督の神戸清雄氏、元セレッソ大阪アカデミーコーチの滝雅実氏、元セレッソ大阪監督の副島博志氏、元東京ヴェルディ監督の三浦泰年氏らがタイで監督を務めてきた。

その流れを受け、ブリーラムやBGというタイを代表するビッグクラブが日本人をトップに配するまでになった。タイの外に目を向けると、元大宮アルディージャ監督の三浦俊也氏(現FC岐阜監督)がベトナム代表、元柏レイソル監督の吉田達磨氏(現ヴァンフォーレ甲府監督)がシンガポール代表を強化し、それぞれの国で高い評価を受けた。それを踏まえると、東南アジアにおける日本人指導者のニーズがさらに高まる可能性がある。

規律を植え付ける


では、日本人指導者は東南アジアサッカー界に何をもたらすことができるのか。彼ら自身が日本に何を持ち帰ることができるのか。

セレッソ大阪の丸山良明育成部長(兼アカデミーダイレクター)はタイで3年プレーした後、2012年からの3年間、BGの育成年代(3年目は傘下のランシット監督)を指導した。その経験をもとに、こう語る。

「タイ人選手に足りないと感じたのはプロとしてサッカーに取り組む姿勢、与えられた役割を全うする姿勢、つまり規律。日本人はそうしたものを植え付
けることができる。そこに日本人指導者の価値がある」

その作業はタイ人の精神性、さらにいえばタイの文化を変質させることを意味すると丸山育成部長は解釈している。「たとえば、なぜ役割を果たさなければならないのか、そうすることで自分、そしてチームがどんなメリットを得るのか。その点を納得させないと選手の行動は変わらない」
言語が異なる国で、その難解な作業を積み重ねることは、おそらく日本で指導経験を積む以上に指導者それぞれの力を高める。多くの指導者が異国で苦闘し、もまれることが日本サッカーのレベルアップにつながる。

2019年から2年半、シンガポール代表を指揮し、ワールドカップ(W杯)予選などを戦った吉田達磨氏は「シンガポールで特大の貴重な経験を積めた」と話す。

シンガポールサッカー協会は吉田監督に「規律あるサッカー、主導権を握る攻撃的なサッカーをしてもらいたい」と望んだ。とはいえ代表チームの強化日程は限られている。

だから吉田監督は「練習の目的、その日のゴールを明確に示し、やるべきことを簡潔にした。伝えるべきことをシンプルでクリアにするように努力した」という。それこそがコミュニケーションに最も大切なことであり、指導の最重要ポイントではないか。

吉田監督は「それまでの自分の指導のややこしさに気づいた」と話す。それが、シンガポールに渡ったからこそ得た教訓であり、今後の糧になるものだという。アジアの指導現場は日本人指導者の研鑽の場になる。

アジア全体のレベルアップ

東南アジアで経験を積んだ指導者は「選手と同じように指導者ももっと海を渡るべきだ」と口をそろえる。日本サッカー協会公認のS級ライセンス(最高位の指導資格)を取得した指導者は500人を超える。しかし、国内での指導者の需要は限られている。選手が欧州やアジアに次々と渡り、勇躍しているように、指導者も海外に活躍の場を広げるべきだ、と東南アジアでの経験者たちは言うのだ。

セレッソの丸山育成部長はタイで指導していた頃から繰り返し、口にしている。「日本人指導者が東南アジア諸国を強化する。そうなると日本はW杯予選で苦労する。だから日本は一層の強化を図る。周辺国が強くなることで日本はさらに強くなる。競い合うことでアジア全体がレベルアップする」

これは理想論であり、実現には大きな苦難、苦闘を伴う。たやすいことではない。だが、大局的見地に立って突き詰めると、日本の指導者が東南アジアに出て行く意義をそう解釈することができる。

(取材・文 吉田誠一)