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インドネシア政治・経済予測2024

2024年2月に大統領選を控えているインドネシア。現職大統領のジョコ・ウィドド氏はすでに1度再選されているため、次期選挙は2期務めたジョコ氏の後任を選ぶためのものとなる。大統領の改選によって、政策が大きく変わる可能性もはらむ。本稿「2024年の経済展望」をまとめるにあたり、インドネシアが引き続き「避けて通れない諸問題」について、日本貿易振興機構(ジェトロ)ジャカルタ事務所の八木沼洋文氏に現状について解説をいただいた。

現在の産業政策傾向

 現職大統領ジョコ・ウィドド氏は、2045年の経済大国入りに意欲を示しています。そのためにインドネシア政府が特に強く意識しているのが、国際的な資源価格動向に影響を受けやすい「資源依存型の経済構造」から、「高付加価値分野で稼ぐ経済構造」への転換です。
 インドネシアは石炭やパーム油、石油やニッケル、銅といった資源を豊富に抱える資源国です。2022年にはロシアによるウクライナ侵攻などを契機とした資源価格の高騰を受け、輸出額が大幅に上昇、貿易収支の黒字幅も過去最高となりました。しかし、資源価格は国際情勢によって上下する不安定な要素をはらんでいます。
 そのため、インドネシア政府はニッケルをはじめとする鉱物資源の加工産業を強化し、鉱物資源の高付加価値化を進めようとしています。インドネシアは世界で最大のニッケル埋蔵量と生産量を誇りますが、鉱物石炭鉱業法(2009年公布、2020年改正)に基づき、2020年1月からニッケル鉱石の輸出禁止措置と国内での加工・製錬義務を科しています。この措置は自国において、車載電池に利用されるニッケルの生産・精錬をはじめとする、電気自動車(EV)バッテリーのサプライチェーン拠点化を目指す政策が背景にあります。

EV関連産業への取り組みは?

Q.新たにEV関連産業への取り組みが進んでいますね。

 はい。EV関連産業の振興は、高付加価値産業構築への転換を図ってきたインドネシア政府にとって、またとない機会となっています。政府は、国内の天然資源の囲い込みを通してEVバッテリーの国産化を推進しつつ、バッテリー式電気自動車(BEV)の国内生産を拡大、ゆくゆくは輸出を拡大させて、アジアにおけるEVバッテリーの輸出ハブとしての地位確立を目論んでいます。

 ニッケル高付加価値化の一環として、政府は、国営企業4社の連合で「インドネシア・バッテリー・コーポレーション(IBC)」を設立し、EVバッテリーのエコシステムを育成すること、2030年に年産140ギガワット時(GWh)の電池製造容量を有することを目標として、自ら車載電池産業の振興に乗り出しています。そして、このEVバッテリーのエコシステム育成という目標を達成するには外資企業との協業が不可欠な中で、存在感を示しているのが中国企業と韓国企業です。

 中国企業・寧徳時代新能源科技(CATL)はIBCとの間で、ニッケルの採掘・精錬を含むEV用バッテリーの統合事業を行うことで合意しています。ニッケルの採掘・精錬の分野ではCATLの他、青山集団や華友コバルトといった中国企業の大型投資が目立ちます。

 韓国企業では、LGエナジーソリューションとHyundai(ヒョンデ)が、インドネシア初となるバッテリーセル工場の設立についての覚書(MoU)を締結しており、いずれも2024年前半のバッテリーセルの生産開始を目指しています。

EV関連産業への取り組みは?

Q.では、インドネシアにおけるEVの販売状況はどうでしょうか。

 インドネシアのEV販売市場は、コロナ禍で大きく変化しました。ハイブリッド車(HV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、BEVを合わせた低炭素排出車(Low Carbon Emission Vehicle=LCEV)の販売台数(卸売)は、2020年の1234台から2022年には1万5437台に増加しました。ガソリン車を含む自動車全体の販売台数は104万台8040台であることに対して、LCEVが占める割合は2020年の0.2%から2年で約1.5%まで拡大しています。こうした傾向は2023年に入っても持続しており、LCEVの2023年1月~10月までの国内販売台数は5万2939台と、2022年の年間販売台数の約3.4倍の台数に達するなど、市場の拡大は続いています。

 インドネシアの自動車販売市場はもともと日本メーカー製のシェアが9割を超えています。それに比べて、LCEVについては中国や韓国の存在感が目立ちます。LCEV市場が未熟だった2020年の段階では日本メーカー製のLCEVが89.9%のシェアを占めていましたが、わずか2年後の2022年には32.2%まで低下する一方、中国メーカー製は54.4%、韓国メーカー製は13.1%まで増加しています。

 また、BEVに限ってみると、2023年下半期時点ではHyundaiの「IONIQ 5」Signature Exte
nded、中国メーカー・上汽通用五菱汽車(ウーリン、SGMW)の「エアEV(Air EV Long Range)」が売れ筋の上位です。こうした既存ブランドによる新モデルの展開、そして新たなブランドによるインドネシアへの投資・販売開始も着実に進んでいます。

 2023年8月10日から20日まで開催された、インドネシア最大の自動車展示会「ガイキンド・インドネシア国際オートショー(GIIAS)」では、初出展の中国ブランドが多くみられ、新モデルの発表が相次ぎました。合衆新能源汽車・哪託汽車(NETA)は小型EV「NETA V」を発表し、10月末から正式販売を開始しました。既存ブランドでは、SGMWが新モデル「Binguo」のインドネシア市場での展開・生産開始を発表しています。このようにインドネシアでは、LCEV、特にBEVの開発や、ニッケル採掘・精錬も含む車載電池関連産業における中国企業の積極的な動向が目立ちます。

 一方で、LCEVの販売台数は右肩上がりで推移しているものの、自動車産業全体でのシェアは1割にも及んでいない状況です。加えて、自動車販売の状況をみると、2023年7月~10月に4か月連続で前年同月の実績を下回っています。長期的にみてインドネシアの自動車業界はコロナ禍以前から伸び悩んでいますが、LCEVの分野、とりわけ中国企業や政府が注力するBEVの販売がどこまで伸びるかというポイントについて、引き続き注目すべきだと考えています。

政府による「脱炭素対策」の方向性は?

Q.政府による「脱炭素対策」の方向性は?

  インドネシアは2060年を目標に「カーボンニュートラル」の実現を目指しています。これは、温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させることを意味します。
 インドネシアでは、今後の経済成長に伴い、エネルギー需要の増大が見込まれます。国際エネルギー機関(IEA)の統計によると、2020年のインドネシアの発電電力量に占める石炭の比率は62.8%、石油2.5%、天然ガス17.6%となっています。つまり、エネルギー供給源は石炭・天然ガスといった化石燃料への依存度が高い一方、水力、地熱、バイオマスなどの再生可能エネルギー由来の電力は17.1%にとどまっています。カーボンニュートラル達成には多くの課題が存在します。

 政府は前述のようにEVの国内生産を奨励していますが、今後は電源構成における化石燃料の使用分を減らしていくことも重要です。インドネシアは温室効果ガスについて、2030年までに国際支援なしの場合で31.9%、国際支援ありの場合で43.2%の削減目標を掲げています。目標達成に向けセクター別に削減目標が掲げられているほか、火力発電所の新規建設は条件付きで禁止するといった大統領令も出されています。

 そのほか具体的な施策として、エネルギー鉱物資源省が2023年3月、石油・ガス事業の上流部門での二酸化炭素回収・貯留技術(CCS)及び、分離・貯留した二酸化炭素を利用するCCUSの実施に関する大臣令を制定したほか、2023年9月には、二酸化炭素排出量取引市場が新たに開設されました。

政策に対する日本企業の反応は?

Q.政策に対する日本企業の反応は?

 私どもJETROがインドネシアに進出している日系企業の皆様を対象に毎年実施している「海外進出日系企業実態調査」の結果によると、温室効果ガスの削減など、何らかの脱炭素化に向けて取り組んでいると回答した企業は約4割。業種別にみると輸送機器や電気・電子機器で「すでに取り組んでいる」企業が6割を超えている状況です。

 脱炭素化へ向けた日系企業の対応は、その会社の規模や業種によって異なっているのが現状だと思います。例えば大手企業の例では、複数の商社が国有エネルギー会社のプルタミナと組んでCCUSの事業化を目指した共同調査を開始しています。「インドネシアでの二酸化炭素の排出削減」を新しいビジネスチャンスとして捉えている実例と言えましょうか。

 日系企業はすでにインドネシアにおいて太陽光発電などの再生可能エネルギーの導入、CCUSなど幅広い取り組みを進めており、インドネシア側の日系企業に対する期待も高まっています。

 JETROでは現在、「インドネシアでの脱炭素化実現のための日系企業によるビジネスカタログ」を日本語・インドネシア語・英語で作成し、インドネシア政府や現地企業の皆さまにご紹介しております。これは既にインドネシアに進出済みの企業さまだけでなく、日本から新たに進出を検討されている方も対象です。ご関心のある方はぜひお声がけください。

「国産品優先政策」の実情と今後の予測は?

Q.「国産品優先政策」の実情と今後の予測は?

 インドネシア政府は、2018年から政令2018年第29号の下、「国産品優先(P3DN)政策」を実施しています。これは、インドネシア産の原材料・部品の利用を積極的に促進することで、産業の競争力強化を狙った政策となります。
 同政令において、政府調達品については現地調達率40%以上の製品である「国産品」の使用を義務化したほか、携帯電話など特定の商品には国産化率が定められています。インドネシア工業省は同政策の推進によって、「国内での雇用促進」「国内生産による技術力の向上」を目指しています。2024年には大統領選挙が行われますが、次の大統領が誰になったとしても、国産品優先方針の大枠は変わらない可能性が高いとみています。
 また、国産品優先政策とならび重要なキーワードとして、「商品バランスシステム」があると考えています。商品バランスとは、一定期間の国内需要と国内外の供給の情報を記載したデータのことであり、商品バランスシステムは、輸出入における許可の簡素化と透明化、輸出入政策の基本資料、投資事業や雇用の確実性の担保、工業利用のための原材料や補助材の在庫保証などを目的に商品バランスを利用した枠組みを指します。
 これは需要と供給のバランスを決定し、事業者に輸出入量の許可を発行する制度とされていますが、さらなる国産化の推進と輸入量の削減も目的の1つだとみられます。今後の日系企業の事業運営に影響を及ぼす可能性が高く、注視する必要があるものと思います。

ヌサンタラへの首都移転はどうなっているのか?

Q.ヌサンタラへの首都移転はどうなっているのか?

 大統領選挙と並んで、多くの日系企業の皆様が関心を寄せているトピックは「カリマンタン島への首都移転」ではないでしょうか。
 ジョコ大統領は2019年、カリマンタン島への首都移転計画を打ち出しました。発表当初は2020年中の建設着手が予定されていましたが、新型コロナウイルスの感染拡大もあり法整備が大幅に遅れていました。政府は2022年2月、新首都に関する法律2022年第3号を公布・施行し、新首都の名称を「インドネシア群島」を意味する「ヌサンタラ」と正式に決定しました。

 新首都の開発計画は5段階に分けられ、第1段階は2022年から2024年まで、以降は2045年まで約5年ごとに段階分けされています。第1段階では、中央政府やオフィス街、住宅地の開発が進められる一方、公務員や軍隊・警察とその家族の新首都への移動が行われます。

 政府は2024年のインドネシア独立記念日(8月17日)に、ヌサンタラで独立記念式典を初開催することを目指しており、目下、新首都の中央行政地区(KIPP)の大統領宮殿、大統領府などを中心に開発を進めています。私(ジェトロ八木沼氏)も2023年4月にヌサンタラの開発現場に行ったのですが、目標に向けて大統領宮殿の建設が急ピッチで進められている様子が伺えました。

 新首都に関する投資案件については、インドネシア不動産大手パクウォン・ジャティが2023年7月、ホテルやアパートを併設した統合型の商業施設を建設予定であることを発表したほか、不動産大手チプトラグループも国営建設会社ビナカルヤと新首都統合エリアの開発に関する協定を締結しています。現時点では国内、特に国営企業や財閥系企業の投資が進んでいる状況ですが、今後、国内外の民間企業の投資がどの程度進むのか、動向が注目されます。