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奥が深いワヤンの伝統世界 影の主役は牛革、人形、人

インドネシア、特にジャワの伝統芸能である「ワヤン」は、テレビや映画などの娯楽の少ない時代からインドネシア人老若男女の娯楽だった。日没から深夜、夜明けまで続く野外での「影絵芝居」はジャワの風物詩で、途中で多くは帰宅したり寝込んだりしてしまうのが常だった。

これまでスラカルタやジョグジャカルタなどで実際に「ワヤン・クリ」を鑑賞したが、絶えず訪れる飲食物の売り子と眠気の誘惑に負け一度も最後まで見ていない。

ほとんどがジャワ語による公演のためなかなか日本人には馴染みが少ないが、その一端だけでも触れてみることを勧めたい。北ジャカルタのファタヒラ広場近くには「ワヤン博物館」があるし、パサール・スネン近くには劇場「バラタ」が確か今でもあるはずである。

「ワヤン」は「影」の意味で牛革をなめして作った平面的な影絵の「ワヤン・クリ」、立体的な木製人形を使った「ワヤン・ゴレ」、そして生身の人が演じる「ワヤン・オラン」の3種がある。「バラタ」は「ワヤン・オラン」の常設劇場である。演目は「ラーマーヤナ」や「マハーバーラタ」などインド古代神話が多く、これも日本人にはとっつきにくい一因だろう。

ゆらゆら揺れる蝋燭や灯油ランプの明かりで人形の影を白い幕に後ろから投影しながら影絵人形を使いこなすのが「ダラン」と呼ばれる影絵師で、多い場合は数百の人形を駆使するという。音楽はガムランなどの伝統音楽で、「シンデン」と呼ばれる歌い手が透き通った声で物語を盛り上げる。

アメリカ社会がキリスト教の聖書に登場する物語や人物が物事の共通理解のある意味での素地になり、それなくしてはジョークや挿話、比喩などの理解が難しいことがある。同じようにインドネシア社会、特にジャワの社会、文化などの理解に「ワヤン」は欠かせないような気がする。

「彼の体格も性格もまるでスマル(腹の大きい道化師)のようだよ」「素晴らしいあの人はみんなからアルジュナ(勇者)のように尊敬されている」などという表現を理解し、使いこなすことでインドネシア人との距離はぐっと縮むだろう。

このご時世なかなか「ワヤン」に直に触れることは難しいかもしれないが、インドネシアにいる間に「バヌワティ」や「ユディスティロ」「ブトロ・グル」との出会いを探してみたいものである。

執筆:大塚 智彦
1957年生、毎日新聞ジャカルタ支局長、産経新聞シンガポール支局長などを経て2016年からフリーに。
月刊誌やネット版ニューズウィーク、JBPress、現代ビジネス、東洋経済オンライン、Japan in depth などにインドネシアや東南アジア情勢を執筆。ジャカルタ在住。
※本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、PT KiuPlat Media社の公式見解を反映しているものではありません。