年末のインドネシアがどことなく騒然として落ち着かない雰囲気になっている。西ジャワ州バンドンで12月7日に警察署で自爆テロがあり、国会はその前日にオランダ植民地時代の刑法を改正する法案を全会一致で可決した。だがこの改正刑法が国際社会を巻き込んで賛否を呼ぶ事態になっているのだ。
実はこの2つの事案、自爆テロと刑法改正は全く無関係ではない。バンドンの自爆テロ犯が警察署外に乗り付けたバイクの前面に紙が貼られ、そこには「多神教と異教徒の法、悪魔の法執行機関との戦いを繰り広げよ」と書かれていたのだ。
オランダ植民地時代の刑法を現代にマッチさせるために改正されたとする刑法だが、イスラム教以外の憲法で保証されたキリスト教、仏教、ヒンズー教、儒教も等しく対象とされ「冒涜罪」がより厳しく規定されている。他宗教への冒涜は最高で3年の刑、オンラインでの冒涜は最高刑5年と改正され、さらに無神論や憲法で保証された宗教以外の異端宗教を助長した場合は最高で2年の刑が科せられる。また公認宗教に関する行事などへの妨害は5年の刑に直面する。
こうした公認宗教を等しく扱ってはいるものの、実際の刑法の運用、適用となると必ずしも平等とは言い難い。冒涜罪で思い出すのは2017年に当時の中国系でプロテスタントのジャカルタ特別州のバスキ・プルナマ(愛称アホック)知事がイスラム教の聖典に触れた発言が宗教冒涜罪に問われ、起訴、有罪判決を受けて知事を退いている。この時はイスラム過激派「イスラム擁護戦線(FPI)」が前面に立って激しい抗議活動を行い、警察や司法もとても中立、公正な立場で判断することができず、イスラム教優先が示されたといわれている。
自爆テロ犯は改正刑法でイスラム教以外の宗教への配慮が「多神教、異教徒の法」と思い込んだのだろう。さらにイスラム教以外は「多神教であり異教徒」であり、従って刑法を適用する捜査機関は「悪魔の法執行機関」で「戦う相手」との認識は、多数のイスラム教徒が内心思っていることはないだろうか。
自らが信じる宗教がその人にとっては「最高で唯一の正しい教え」と考えるのは自然だろう。しかし他人、多宗教の信者にまでその優位性を喧伝し、強要し、差別、攻撃することは断じて許されない。イスラム過激派、保守派のインドネシア人に「寛容」という国是を噛み締めて欲しいものだ。
月刊誌やネット版ニューズウィーク、JBPress、現代ビジネス、東洋経済オンライン、Japan in depth などにインドネシアや東南アジア情勢を執筆。