ジャカルタの中心部、プロクラマシ通りにあるタマン・プロクラマトルは、インドネシアが産声をあげた「ゼロ地点」である。かつてここにはスカルノ氏の邸宅があり、1945年8月17日午前10時、スカルノ氏とモハマッド・ハッタ氏が独立宣言を読み上げ、手縫いの国旗「メラプティ」が掲げられた。しかし、邸宅は1960年にスカルノ氏自身の命令で取り壊され、現在は基礎の石が残るのみである。
園内には、歴史を伝える3つの記念碑が佇む。宣言の地に立つ高さ17メートルの「トゥグ・プティール(稲妻の碑)」、1946年にジャカルタ婦人連盟の主導で建てられたオベリスク、そして二人の英雄が並び立つ「モヌメン・プロクラマトル・スカルノ=ハッタ」である。17本の柱や5本の柱などは、建国の年月「17・8・45」や当時の日本暦を表現した精巧なデザインである。
入場は無料で、市民の憩いの場としても親しまれている。警備員に声をかければ、管理室に保管されている貴重な白黒の記録写真を案内してもらうことも可能だ。一歩足を踏み入れれば、建国の熱気が、風の音と共に今も確かに感じられる場所である。
もうひとネタ!
かつて園内で「そのまま飲める水」として話題を呼んだ名物の井戸はすでに撤去されており、現在は簡易な蛇口とパイプの設備へと変更されている。
















