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東京ヴェルディの挑戦 東南アジア戦略&アルハン選手獲得【後編】

東京ヴェルディは、なぜ東南アジアのなかでもインドネシアに注目し、いかにしてアルハン選手を獲得したのか。その経緯や東京ヴェルディの東南アジア戦略、アルハン選手に期待することなどについてお伺いするこの企画。

後編では、強化部スタッフの齋藤祐太氏と共にジェフユナイテッド千葉の監督だけでなく、アンダー世代の育成にも関わり、北京五輪日本代表のコーチも務めた東京ヴェルディ強化部長・江尻篤彦氏にお話をお伺いしました。

個だけで見れば、“面白い”というのが第一印象

編集部
前編では、アルハン選手を獲得するに至った経緯やクラブの東南アジア戦略などについて、強化部スタッフの齋藤さんにお話をお伺いしました。クラブの選手強化のトップでもある江尻強化部長にも、改めて、アルハン選手獲得に至った経緯と選手としての技術的な面や評価も含めてお話いただけますでしょうか?
江尻氏
私自身、日本のアンダー世代代表や北京五輪のコーチもしたり、Jリーグの監督、あるいはサッカー協会で代表に関わる仕事をしてきたなかで、ある程度、アジア全体における日本サッカーの立ち位置というのは何となく把握しているつもりです。その感覚のなかで言えば、インドネシアはまだまだサッカー後進国であると考えています。

東南アジア全体で見ても日本と比べるとまだまだなんですけれど、コンサドーレ札幌を経てフロンターレ川崎に移籍したタイ人のチャナティップ選手とか、同じくタイ人で元横浜・F・マリノスのティーラトン選手などのように個で秀でた選手が実際に出てきていることは間違いありません。ただ、組織としてチームで戦う上では、まだまだ課題が多いだろうと思う反面、個の力で見たときにアルハン選手は「面白いんじゃないか」というのが、私の第一印象でした。

ただ、アルハン選手に注目した昨年8月頃は、アンダー世代代表での試合の映像くらいしかなかったので、レベル感がわからない。とはいえ、個だけで見てみるとすごく技術もシッカリしていましたし、ある程度のスピードも持っている。とても前に行く力がありました。セットプレーでも蹴れるし、すごく攻撃的なサイドバックだな、と思いました。

今のサッカーでは比較的、サイドバックの選手は守備よりも攻撃を求められることが多い。現代サッカーでは、サイドバックが起点となってゲームを作るということも大きな流れになってきているなかで、左ききという武器を持ちつつ、いい立ち位置の取り方をしている。教えることで、もっといい選手になれるだろうという総合的な判断に至りました。

ただ、結局、練習に参加してもらって正式にオファーをすることはコロナの影響で実現ならないまま、左サイドバックの枠をひとつ残しつつ、新シーズンの編成をしていきました。そんななかで、東南アジアチャンピオンを決めるスズキカップの映像を見たわけです。印象に残ったのは、マレーシア戦とシンガポール戦ですかね。この大会での彼のプレーを見たとき、ある程度のレベルでインテンシティ(強さ・激しさ)も高いし、個の力だけ見れば、イケるのかな、というのが私たちの判断でした。

ヴェルディで成長すれば次のステップに行ける

編集部
日本に呼んで練習に参加してもらうことで判断することが叶わなかったけれども、スズキカップでのプレーを見て、個の力としては十分と判断されたということですか?
江尻氏
そうなります。あとは、彼の年齢ですよね。ちょうど20歳になったばかりです。ヴェルディの選手たちはすごく若い選手主体のチームなんです。若い選手がJ2の試合に出て結果を残し、J1のクラブに引き抜かれたり、欧州のクラブに移籍するといったことがここ数年、続いています。そういう意味では、東京ヴェルディは選手の育成に関して高い評価を得ています。その育成システムのなかにアルハン選手が入ることで、日本人の若手選手と一緒に育成できるだろうという、総合的な判断があった上での獲得ですね。

一方、アルハン選手はアルハン選手で、ヴェルディがどういうサッカーをしているチームなのかを調べて、ヴェルディで成長すれば次のステップに行けるという判断をしたと思うんです。

今、我々ヴェルディが指向するサッカーは、ある程度ボールを保持しながら、組織で攻撃し、組織で守備をするというヨーロッパ型のサッカーです。そのなかで、アルハン選手には個として成長するのはもちろんのこと、組織のなかで自分がどういうことを身につけないといけないのか、それを自分で見つけられるようになってもらいたい。その上で、シッカリ主力選手として活躍できるようになり、さらにJ1クラブであるとか、欧州のクラブチームに送り出したいというのが、私たちの考えです。

アルハン選手は、それだけの技術が十分にありますし、ZOOMで何度か話をしたなかで、彼の考えや野心、向上心というのがものすごく見て取れました。

同年代の若い選手が多い環境にフィット

編集部
サッカー選手としてのポテンシャル以外に人間的なところでフィットしそうだとの判断ですか?
江尻氏
実は、そこが選手にとってはとても大事な部分です。どんなに個でいいモノを持っていても、受け入れる側のチームの雰囲気作りも大切になります。ベテランが多いと、受け付けられないではじき返されるなんてことはありがちですが、今のヴェルディは若い選手主体なので、すぐに溶け込めるのではないかと思っています。

ほぼ同じ年代の選手が10人以上いて主力選手として試合に出ていて、例えばパリ五輪を目指すU-21日本代表候補に選出されている選手も2人います。各年代で日の丸を背負う選手を多く抱えているので、すでにインドネシアフル代表である20歳のアルハン選手を受け入れやすいし、彼も入りやすいはずです。きっとすぐに溶け込んで、切磋琢磨しながらチームにフィットしていけるだろうと思います。

アルハン選手の成長を最優先した移籍交渉

編集部
そういったチーム環境などの話をしながらの交渉で、移籍金ゼロの完全移籍が実現したのでしょうか?
江尻氏
実は所属クラブであるPSISスマランと我々は直接話をしていなくて、代理人を通して熱心に話をしました。代理人がとても素晴らしい方で、何よりもアルハン選手の成長を考え、両クラブのことも考えてくれていました。そういう意味では、今回のアルハン選手の移籍に関して代理人の方が大きく貢献してくれたと思います。

通常、代理人というのは、選手年俸や移籍金が高ければ高いほどお金を稼げるので、そこを最優先する方もいます。ところが、今回の代理人はアルハン選手の成長を最優先して考えていました。そのなかで、我々もそれに応えるようにアルハン選手の育成に関して熱心に伝えたなかで、日本のクラブ、そのなかでも東京ヴェルディが一番いいんじゃないかと判断してくれたということでしょう。ちゃんと若手選手を育て、海外のクラブに送り出している実績があるので、そこに代理人もアルハン選手も魅力を感じてくれたのではないかと思います。

齋藤氏

実は、今回の移籍に関しては、一切、お金の交渉はしていません。インドネシアでのアルハン選手の年俸とほぼ同額でオファーを出させていただきました。代理人によると、インドネシア国内で最高年俸になるようなオファーもあったようですが、代理人もアルハン選手も「今回の移籍にお金は関係ない」ということで、アルハン選手のよりよい成長を選ぶんだといった固い決意のもと、最終的にヴェルディを選んでくれたということになります。

代理人経由で我々が正式に獲得することを決めたと聞いたアルハン選手は泣いて喜んでくれたそうです。本当に心から嬉しく思ってくれたんでしょうね。その話を聞いた私たちも胸が熱くなりました。彼自身、海外でプレーすることが夢だったと聞いていましたが、韓国や欧州などのクラブからも話があったなかで、東京ヴェルディを選んでもらえたことは、本当にありがたいです。

東南アジアのレベルを上げることはJリーグの役割

編集部
東南アジアでプレーする選手にとって、Jリーグはアコガレの舞台なんでしょうか?
江尻氏
そのあたりの感覚は私にはよくわかりませんが、日本と韓国はアジアをリードしていますし、日本のJリーグや韓国のKリーグのレベルが高いのは間違いないですし、サッカーの質でも高いレベルでやれている。そんななかで、Jリーグはひとつの島国のリーグとしてではなく、アジアのサッカーをリードすることでアジア全体のサッカーレベルを底上げしていくことも使命となってきています。そのためには、東南アジアのレベルを上げていかなければならない。

Jリーグはアジアのトップレベルを維持しつつ、ヨーロッパにおけるプレミアリーグのような存在を目指す。そして、アジアの選手の多くがJリーグを目指し、さらにJリーグを経由して世界中のビッグクラブへと移籍する。アジア全体のサッカーレベルを上げるため、東南アジアなどのサッカー後進国のレベルを引き上げることも、私たちJリーグの役割であると考えながらやっていかないといけません。

そんな考えのなかで、今回、移籍してきたアルハン選手がJリーグで成長して次のステップに行くということになれば、それが、インドネシアの子どもたちの大きな夢を作っていくことになるはずです。諦めないでやっていけば、成功を掴めるんだという成功体験。そういう夢を掴む第一歩がJリーグなんだという認識になってくれると、とても嬉しいですね。

そういう意味では、我々のような育成型のクラブが今回のように東南アジアの優秀な選手の育成にチャレンジすることが、アジアのサッカー界全体を引き上げることに繋がっていくことでしょう。我々、日本サッカーだけではなく、東南アジアのサッカーレベルを引き上げていこうというのが、今回のアルハン選手の移籍に関して、与えられた使命であると思います。大きな責任を背負ったと感じつつ、アルハン選手をシッカリ育てていかなければならないと大きなプレッシャーも感じています。

東京ヴェルディでの背番号は38

インドネシアの子どもたちに夢を与えることが彼の仕事

編集部
最後に、アルハン選手や日本とインドネシアのサッカーファンに向けてメッセージをお願いします。
江尻氏
アルハン選手は、来日して気持ちが高ぶるなかで、1日でも早くプレーしたい気持ちがあると思いますけれど、まずは日本の文化とか風土といったことから学んでもらいたいですね。決して焦ることはありません。そのために、クラブとしては日本に馴染むための環境を整えていきたいと思っています。

とにかく、東京ヴェルディとしては何よりもアルハン選手をシッカリ育てていくことを最優先に考えていますので、まずはそのことをインドネシアのサッカーファンのみなさんにはお伝えしておきたいですね。そして、アルハン選手が活躍したときにはこれまで以上に熱い応援をしていただきたいですし、コロナが落ち着いたら、ぜひ、ホームスタジアムである味の素スタジアムに足を運んでいただいて、アルハン選手を応援してもらいたい。

アルハン選手は、そういった今までになかったJリーグの新しい未来を実現できる選手であることは間違いないと、私たちは考えています。現在の東京ヴェルディの堀監督もアルハン選手のことをいい選手であると評価していますので、彼が練習でどう表現していくのかをシッカリ見ていくことでしょう。堀監督は若い選手を積極的に起用する監督なので、チャンスはすぐにやってくるかもしれません。もちろん、調子の浮き沈みはあると思いますが、年代の近い選手と共に一歩一歩、切磋琢磨しながら歩んでいってもらいたいですね。

そういったなかで、アルハン選手はきっと、チャンスや夢を掴み取ることができることでしょう。その夢を掴み取る瞬間をインドネシアの子どもたちが見届け、それを次の世代に繋げていくことが、アルハン選手の目指すべき未来であると私たちは考えています。自分だけでなく、インドネシアの子どもたちにたくさんの夢を与えることこそ、彼の最も大きな仕事なんだと思います。だから、じっくり、焦らずやっていきましょうとアルハン選手には伝えたいですし、日本とインドネシアのファンであるみなさんには、温かく見守りながら応援していただきたいと思っています。

新天地での活躍が楽しみだ
取材・文/國尾一樹 写真キャプション/編集部