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東ティモールがASEANデビュー 正式加盟に向けまずオブザーバー

インドネシアの南東に位置するティモール島の東半分を占める独立国東ティモールが東南アジア諸国連合(ASEAN)の会合に初参加した。

2月3日からジャカルタで開催されたASEANの調整理事会(ACC)と外相会議に東ティモールのアダルジザ・マグノ外相が初めて参加しASEANデビューを果たした。これは2022年11月のASEAN首脳会議で承認されたもので、当面はオブザーバーとして参加し2024年までに正式なメンバーとなる。

 東ティモールの加盟によりASEANは現在の10カ国から11カ国体制となり、東南アジア地域に存在する全ての国がこれで参加することになり、域内の総人口は実に6億6000万人を超え、欧州連合(EU)をしのぐ一大地域連合となる。

ポルトガルの旧植民地だった東ティモールは1975年に独立を宣言するも、インドネシア軍が侵攻し1976年に「東ティモール州」として併合された。以後独立を求める武装組織「ファリンテル」との戦闘が続き、スハルト政権は東ティモール州を「軍事作戦地域(DOM)」に指定して軍による弾圧を強めて犠牲と人権侵害が多発する紛争地となった。

スハルト政権が崩壊し後任となったハビビ大統領は東ティモールの併合維持か独立かを問う住民投票を1999年に実施し、78,5%が独立を選択した。その後国連暫定統治などを経て2002年5月20日に悲願の独立を果たしたのだった。

独立前には併合派による治安攪乱もあったが、独立後はシャナナ・グスマン初代大統領の融和・友好的姿勢でインドネシアとは良好な関係を構築し、2011年からASEAN加盟に向けて始動し、インドネシアも加盟に向けて支援したという。

DOM時代の東ティモールを何度も取材で訪れ、インドネシア人記者の殺害に憤慨し、サンタクルス事件の生き証人の証言に慟哭し、併合派武装民兵に尋問されて戦慄し、独立記念式典の会場で滂沱した思い出多い東ティモール。そのASEAN加盟には感慨ひとしおの思いがある。農業、コーヒー栽培などがあるが経済的には厳しく失業者も多いが「インドネシア軍がいつ家宅捜査や逮捕拘留、暴力に来るかという心配なく、安心して家族と夜眠ることができる、それが独立の喜びだ」と語ったサンタクルス事件で銃弾を受けた旧知の東ティモール人の言葉は実に重い。

執筆:大塚 智彦
1957年生、毎日新聞ジャカルタ支局長、産経新聞シンガポール支局長などを経て2016年からフリーに。
月刊誌やネット版ニューズウィーク、JBPress、現代ビジネス、東洋経済オンライン、Japan in depth などにインドネシアや東南アジア情勢を執筆。
※本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、PT KiuPlat Media社の公式見解を反映しているものではありません。