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インドネシア破傷風事件の真相 日イ関係の深い闇と謎に迫る好著

岩波書店から「ワクチン開発と戦争犯罪、インドネシア破傷風事件の真相」という書籍が(2023年3月14日初版)発刊された。著者はインドネシア研究の泰斗、倉沢愛子さんと関東軍731細菌部隊の研究者松村高夫氏である。

太平洋戦争で日本の占領下にあったジャカルタで多くの「労務者(インドネシア語でもロームシャ)」が破傷風で死亡した事件の真相に多くの関係者へのインタビューと膨大な資料を紐解くことで迫った稀に見る好著で、在留日本人、インドネシアと関わりのある日本人にはぜひ一読して欲しい一冊である。

1944年8月6日、ジャカルタ医科大学付属中央病院(現チプト・マングンクスモ病院)に市内グレンデルに収容されているロームシャ多数が奇妙な症状で苦しんでいるとの連絡が入り、即座に病院への移送・隔離となった。

ロームシャは半強制的にジャワ各地から徴用されジャワ島以外に派遣される労働者で、派遣前に予防接種が実施されていた。この時はプカロンガン、スマラン出身のロームシャ107人の患者のうち数日中に97人が死亡した。

当初は流行性脳髄膜炎とみられていたが遺体や生存者の組織から破傷風菌が検出され、数日前に接種された3種混合ワクチンに混入された疑惑が浮上。ジャワ占領の第16軍軍医部と憲兵隊が捜査に乗り出したのだった。

当時ジャカルタには満州・関東軍防疫給水部(731部隊)の関係者が派遣された南方防疫給水部(シンガポール)の出張所があり、何者かがロームシャの大量死で軍民の分離を謀った陰謀事件とされた。

接種に携わったインドネシア人助手などへの拷問を含む過酷な取り調べから医学界の重鎮でエイクマン研究所長兼医科大学教授のアフマッド・モフタル氏が首謀者として逮捕されたのだった。同氏は終戦間際の1945年7月3日、密かに日本軍によって処刑され、真相は闇に葬られた。

だが、731部隊が満州で「マルタ」と呼ぶ中国人に人体実験を行っていたことから破傷風事件は破傷風ワクチン開発を急ぐ南方防疫給水部関係者によるロームシャへの人体実験の可能性が極めて濃厚との前提で著述されたのがこの著書である。

ジャカルタ以外にも類似の事案があり、犠牲となったロームシャは数百人に上るというこの戦慄すべき事案は現在も日イ両国で多くの謎に包まれている。そこに燭光を当てたこの本の意味は大きい。犠牲となった多くの名もなきロームシャの冥福を心から祈りたい。

執筆:大塚 智彦
1957年生、毎日新聞ジャカルタ支局長、産経新聞シンガポール支局長などを経て2016年からフリーに。
月刊誌やネット版ニューズウィーク、JBPress、現代ビジネス、東洋経済オンライン、Japan in depth などにインドネシアや東南アジア情勢を執筆。
※本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、PT KiuPlat Media社の公式見解を反映しているものではありません。