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ジャカルタの喧騒を見守る 「農夫の像」に秘められた、激動の政治史

(c) travel.detik.com

ジャカルタ首都特別州の中心部、メンテンの交差点に、道行くドライバーの視線を集める一対の像が佇んでいる。一般に「トゥグ・タニ/農夫の像」と呼ばれるが、正式名称は「パトゥン・パフラワン(英雄の像)」だ。

麦わら帽子をかぶり銃を担ぐ半裸の農夫と、彼を見送る女性の姿。この像は、初代大統領スカルノがソビエト連邦で目にした革命記念碑に感銘を受け、自国の闘争の象徴として建設を望んだもの。制作はソ連の彫刻家マニゼル兄弟が担当し、西ジャワの農村で「戦場へ向かう息子に母が米を持たせる光景」をモデルに完成させた。

しかし、その「武装した農夫」というモチーフは、1965年の政変後、共産主義思想を象徴するとの疑念を招き、軍人のサルウォ・エディ・ウィボウォらから撤去論が噴出する。

この危機を救ったのが、後に副大統領となるアダム・マリクだ。彼はこの像が「西イリアン奪還に向けた人民の愛国心と闘争心の象徴」と主張し、その存在を守り抜いた。かくして、外交と政治の激流を生き抜いた「英雄」は、今もジャカルタの歴史の証人として立ち続けている。

もうひとネタ!
ソ連の彫刻家たちは、想像だけで制作せず実際にインドネシアの奥地まで足を運び、農民の帽子や農村の精神性を徹底的にリサーチしたそうです。